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心のうねり

タマラ・ヒーリング大好きのSさんと話していた時のことを
ふと思い出していた。

美容師さんが自分の髪を他の美容師さんに切ってもらうように
彼女も、他のヒーラーさんのところでお世話になっているという。

「自分のことだと、どうにもよくわからないのよ、感覚が」

ご飯も作ってもらうのは美味しく感じる。
自己ヒーリングもできるけど、
人に手を当ててもらうのは本当に気持ちいい。
顔のマッサージ、髪を洗ってもらうことなどなど

やってもらって気持ちいいことはいろいろある。
やってもらって「ううむ」ということも、いろいろある。

自分で自分にしていることは、
たとえば、水に水を足したような感じ。

違和感がない。

違和感というと、嫌な感じの時に使うことが多いけれど、
そうともいえない。

しっくりしていたところに、
何か感覚が生まれるのが、「違和感」。

自分とは違う手、自分とは違う雰囲気、自分とは違う味覚、
自分とは違うエナジーや感覚に触れることが、
「違和感」を感じるということなんだと、思う。

違和感の「違」というのは、
その先に考えることがある時の、感覚的表現かもしれない。

さあ、私。

日がな一日、原稿に向かっていると、
家族が帰ってきたときに、
ざざざざざっと、麦畑に風が吹いたような
心がぐわっとうねるのを感じる。

毎日慣れ親しんだ家族だというのに。

自分だけだったら、何も起こらず、起きてもまあ想像の範囲で
日々の変化は緩慢かもしれないと思った。

みんな一人で生きている。そして、独りだけで生きていない。

誰かがいるということ、誰かといるということ
それだけで心がさまざまに動くのだと、思う。

心の襞、感性の皺

いっぱいあったほうが、天国で人生絵巻を広げた時
ながーい巻物になるんだろうなあ・・・

そんなことを、原稿の合間に想像している。

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