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アクセスハート・トラストハート ②

タマラと出会ってからの日々で得たものは
「はっきりする」ということ。
良い、悪いを超越した「明瞭さ」。
それが、私にとってのタマラだ。

人生のサポートとなるエナジーと出会って、
そのことを実感しているということは
それを私が一番に望んでいるのだと、今思う。

私が、タマラと出会ってから、何が一番の発見だったか。
それは、びっくりするほど
「頭で生きている」ということだった。

私は自分の心を大切に、思いのままに生きている。
という想定の、頭で作り上げた人生を生きていた。

この仕組み、わかるだろうか。
はっきり言って「ややこしい」。

ややこしいがシンプルにいうならば、
思いのままに生きるということは、
こうすることだ、ああすることだ、こうすべきだ、ああすべきだ
という「あるべき論」で、
予め頭で用意していたということ。

このややこしさ故に、私の心は、思いは
「明瞭さ」を求め、「はっきりすること」を望み、
人間的に、私的に「良いこと、悪いこと」
すべからく明るみになっていった。

そして、本当に水滴が石を穿っていくように、
「自分の思い」「心」を軸にする
自分の望む生き方へと
パラダイムシフトしてきた年月だったように思う。

頭で生きることは、癖にもなっている。
やはり今でも知らずそうなりかける。
しかし、
何かこうしっくりこない、なんだかうまく行かない。
そんな匂いともいうべき、
気配ともいうべきサイン=直感に気づけるようになってきた。

振り返って思うに
思いに基づかずに頭で考えていた間は、
コラージュだった。

あっちのいいと思うものと、
こっちのいいと思うものとを切り貼りして
「私」をイメージしていっていた。
それを「私の思いを知る手がかり」
としている間は良かったが
それをそのまま「=私」としたところから、
自分を見失ったように思う。

タマラと出会い、
自分の心にアクセスし直し始めてから、
「自分の絵を描き始めた」
この表現が一番しっくりする。
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