無邪気さ

妹夫婦が姪を連れて遊びに来ていた。
姪と一緒にいる時間は、私たち家族にとって
とても楽しく新鮮な時間だった。

朝、仕事をしていると後ろに気配を感じる。
振り向くと、パジャマ姿で親指を吸っている姪が立っている。
入ってはいけないというのをどこかで察知しているのか
廊下のところからこちらを見ている。

一才半、ようやく片言が出て来たところ。
こちらの言うことにも
わかるときは反応する、わからないときはじっと見ている。

いつも午前中は外で遊んでいるという姪は
とにかく外に行きたがる。
廊下で立って見ているのは、私なら抱っこしてドアの外に
連れて行ってくれると知っているからだ。

どれどれとベランダに連れて行く。
雨の中、鳥が鳴いている。
「鳥ないてるね」「・・・トリ」
「そう、鳥ないてるね」「・・・トリ」
しばらくすると、サンダルを履きたがる。
大きなサンダルを履き、ベランダの植木鉢に手を突っ込み
ひっくりかえし、底石を1つ、1つ、掴んで移動させる。
それを私にくれる。「くれるの? ありがとう」
くれるが、じーっと見るので、返すと、そそくさと受け取って
また床に転がし、また拾って私にくれる。
「くれるの? ありがとう」

そんなやりとりを何度も繰り返す。
そして、しばらくすると一人遊びを始めたので
そばで様子を見ていた。

やわらかい股関節。
四股を踏むかのように、おむつの大きなおしりでしゃがみこんで
つまんでは置き、置いてはつまみ・・・。

それをただただコツコツと繰り返している姪を見ているうちに
1つのことが、私の中ではっきりしてきた。

「無邪気さって、永遠だわ」

姪は、この時間を経て大きくなり、大人になり、
いつか年老いておばあちゃんになる。
でも、姪は姪なんだ。
いくつになっても、姪は姪。
もっちもちの赤ちゃん肌が、しわしわになる時が来ても、
姪は姪。

いろんな経験をして成長していくから、
いつまでも底石をつまんでいる姪ではない。
けれども、大きくなったら、別の個体になるのではないんだ。

「無邪気」を核に、生きて、経験を年輪のように重ねて行く。


笑い、泣き、寝て、食べて、
歩いて、しゃべって、帰っていった姪。

「今、なにしてるかな」「もう寝たかな」

静かになった我が家で、息子と私はそんな話ばかり。。。
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