その出来事の中に直感がいくつ働いているか? 3

なぜ、「持って行く」という選択ができなかったのか。

目も手も止まった。
体が反応していることには気づけた。
そこで、お名前とお顔の記憶が繋がって、繋がったことで安堵してしまった。
(日頃、自分の記憶力にからっきし自信がないゆえに・・・)

目と手が止まったことは、
記憶力を確かめるためでないことは、明らかだ。
記憶力チェックなら、全部の名札をトランプの神経衰弱のごとく
1つひとつ記憶と照合していけばいいのだから。

なぜ、この1つの名札「で」、目と手が止まったのか。

「なぜ」は、この時点ではわからなくてもいいとして、
まず、「この名札に、目と手が止まった」という事実。
その事実から「何かある」と考えられること、それが肝心だったのではないか。

何かある、そう考えられたら、
何かあるかもしれないから、持って行っておこう。
そんな「選択」も浮上しただろうから。

直感を受け取る → 「何かある」と考える。

「まさか、でも、だって」は、なし。
「ありえない」も、なし。
「何かある」、何があるか。を考えること。

「名札を持って行っていても、携帯忘れたんじゃ、
 家に戻ることには、変わりなかったわね」

自転車をこぎながら思った。

(続く…)
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