直感とリーディング ②

ようやく疲労感は薄れてきたが
疲労感がとれればとれるほど
自分というものの「頑固さ」が鮮明になり、悔しさと行く手の果てしなさでいっぱいになる。

少しずつ、でも正直に、より深く自分と向き合おう。
そういう日々の中にある。

以前、タマラさんは「誘導瞑想」というワークを行っていた。
これは、瞑想状態の中でタマラさんの声と言葉によって、自らの内にある今必要な答えを受けとり、
それを「自らリーディングする」というものだった。

この時に、「自分をリーディングする」ということができなかった。
瞑想の中でたしかに鮮明にビジョンを視ている。
しかし、それが何を意味しているのか、何を教えているのか
その本当のところ=真実が、読み解けなかった。

読んでも、まったく真意にたどり着けておらず
タマラさんに自分の視たものを伝え、タマラさんのリーディングを聞いて
雲泥の差、天と地ほども違う内容に、茫然自失を何度も繰り返した。

タマラさんの言葉を聞いて
「わけもわからず」
大泣きしたり、激怒したりしたことも…あった。
激情が落ち着くと、ぽっかーん・・・。
「なんで怒ったの?」
「なんで泣いたの?」
放心状態になって、グループトークに加われなくなったこともあった。

あるときは、タマラさんの言葉に、「そんなことはありません!」と言ったことも、ある。
「意味が分からない・・・」と、聞き流したこともあったように思う。

全然当たってない!と、心の中でぷんぷんした、その数か月後
「タマラさんの言った通りでした」と、何度頭を下げたことか・・・。


「私のリーディングを待たずとも、誰もが自分の答えを自分で読むことはできます」


何度も言われた言葉。

あれはたしか・・・
「これから必要になること、大事になること」について誘導瞑想した時だったと思う。

私は、ビジョンで算数で使う「コンパス」を受けとった。
私は「描く、創造すること」と読んだが、タマラさんのリーディングでは「計画」だった。

そして、その「計画」ということがが、公私に渡って随所に大事になってきて、
タマラさんの言葉、口調までもが思い出され・・・すごいと思った。

自分で自分の答えをビジョンとして受け取っている。
ここまではできる。
この答えを、誠実に読み解けたら、、、いや、読み解ける。
なぜなら、自分の内にあって、自分で受け取ったのだから。自ら教えている答えなのだから!

「タマラさんのようにリーディングできるようになる」

今思えば、コンパスを受けとったあの日の誘導瞑想から、
「できるようになるまでやる」というスイッチが入ったように思う。

「アクセスハートコミュニケーション」のワークを重ねるようになって
だんだん、あのコンパスの時のタマラさんの感じ、感覚が掴めてきたように思っていた。
その手応えは確かにあった。

しかし、今回のワークの中でタマラさんが掛けた「トラップ」に、まんまと引っかかって
引っかかったと種明かしされてもなお、
またあの「ぽっかーん」になった自分に、頭が真っ白になった。

リーディング。
この道の果てしなさ、自分がまだまだ発展途上もいいところだということを思い知った。


・・・続く
[PR]