明らかになる 〜札幌でのワークを終えて〜 ③

ある出来事をきっかけとして
自分の中にある1つの「弱さ」を認めました。

それは、札幌で「弱さ」について話し合った時に
グループになった人の言葉や自分の言葉をメモした中にもあったことでした。

自分の感情や思いを押さえたり、受け流してしまうところ。

札幌ではそのことを共有はしましたが、
私自身「思い当たってはいる」ということで終わっていて
そこから深く掘り下げようという行動には出ていませんでした。
ある意味それも、「受け流した」のだと思います。
なぜならば、そこに向き合うことはかなりしんどいと直感的に感じたから。

ある出来事があり、
私は「いつものように」そこで感じたことを習慣的に受け流しました。
あたかも「考えた結果」という巧みなトリックを使って、
わき起こったハードな感情を、思考によって封じ込んだのです。
その時は封じ込んだなんてこれっぽっちも思っていません。
感じ、考え、消化した、と思っていました。

しかし、その時は不意に訪れました。
翌朝、facebookで友人が青春時代の懐かしい曲
大好きだったレベッカのcheep hippiesをアップしていて
その曲を再生させながら、facebookの画面をスクロールしていました。

そして、ふとある友達の記事が目に留り
その記事を読んでいたら・・・
にわかに目の前がにじみ、胸が締め付けられ、涙が止まらなくなりました。
その文章は特別感傷的なことが書いてあったわけではありません。
逆にとてもポジティブな内容でした。
なのに、私はまるで親に叱られて泣く幼児のように泣いていました。

原因はおよそ察しがつきました。
とにかくこれが今の私だと、ひとしきり泣ききりました。
泣いている間も曲は流れていました。
そして、なぜかその曲のワンフレーズだけ口ずさんだんです。
曖昧な世の中に戸惑うエンジェル
口ずさんだことで、自分の声を自分で聞き取ったことで、
私をとりまく環境、私という世界=今の私自身の「曖昧さ」に
まさに戸惑っている自分がリアルになりました。

根本を見よう。いつまでも この曖昧さ は抱えていたくない。
今まで見ないで来たことが、あるのだろう。
今まで認めたくなかったこと、それを見ることにもなるだろう。
今、それを見よう。
今、どんなところに着地しようと、それを認めよう。
今が、その時。

実感ノートを開いて、きっかけとなった出来事から
順を追って自分のことを自分の言葉で書くことにしました。

…続く
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