「ほっ」と。キャンペーン

私は人間です。

夕食の支度をしながら、Eテレの「ロボットがやってきた! その時人間は…」という番組を見聞きしていた。

ロボットというと「加減をしらない」「決められたことをする」という感じがあったのだが、今、開発中のロボットは…人の感情をよみとり、それに合わせた反応をするとか、その人のキャラクターをもつかんで、社交的な人にはオープンに、内気な人にはロボットの方でリードする、そんな「接し方」をさまざまなに変えるような「人っぽい」ロボットが次々に生まれている。

人工知能という言葉が時々聞こえて来た。
よく知らない言葉なので、今度調べてみよう。

まな板に向かいながら、聞こえてくるナレーションやインタビュー。

「今はまだロボットを必要としないけれど、いつか私が忘れっぽくなったら
 その時はロボットを必要とするかもしれない」

フランスの番組だったが、フランスでは高齢化社会の到来に向けて介護等の分野でのロボットの活用を準備しているようだった。(再放送でまた確認してみようと思う)。看護、介護、医師や医療現場のスタッフのヘルプとして、研究実験が進んでいる。

人間はロボットにはなり得ないし、ロボットは人間にはなり得ない。
番組を垣間みながら、人間のようなコミュニケーション能力をロボットで再現したい、近づけたい それが根本なのかな、と思った。

ロボットとコミュニケーションする。
それを「楽しい」と思うか「嫌よ」と思うか、人の反応も様々だった。自分が何か出来なくなった時には、サポートしてもらうその位置づけでなら「あり」という反応もあった。

野菜を洗いながら、下ごしらえしながら考えていた。自分の仮説。

研究が進む上では、人間がそういう「人間みたいなもの」を生み出すことの明確な「目的」と、人間同士のコンセンサスの上という「範囲」が必要だろう。

例えば、高齢化が進む→介護人材の不足・雇用環境の悪化が問題→そのサポートとしてのロボット開発という感じで、介護分野での雇用環境の最適化 ということに「おいて」、であれば健全に開発は進むように思う。(もちろん、その仮定においてはさまざまな失敗に基づいての課題が浮上すると思うが)

それが、目的なく単純にテクノロジーがどこまでできるのか、人間の欲望にのみ基づくとなると、なんとなく怖い。変態ロボットが現れたら? 善玉と悪玉じゃないけれど、いいロボットと悪いロボットが現れたら?
アニメの世界だなあ。

…とか考えながらみそ汁が出来上がる。

でも、介護や医療の雇用の問題を考えても、なぜロボットなの?とも思う。きっと高齢化が進んで、介護分野の人材不足がいわれても、同時に仕事の無い人もいるはず。もちろん向き不向きということもあると思うが、その人たちに教育の場が与えられ、仕事の場が与えられたら…きっとこうしたことは考えられているだろう、それを凌駕する高齢化の予測、それへ準備だとしたら…

人間である

その一点において、極太でありたいと思った。

番組の中、最先端のロボット開発をする女性の研究者が研究室に向かうところが映った。
建物の入り口のドア。彼女はドアノブに手をかけ、引いて開け、中に入った。
なんでもないシーンだけど、この映像が脳裏に焼き付いている。
いつかこの女性に会って話をしたいと思った。


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