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私であること〜ブータンGNHセミナーから考える〜 ②

ブータンの件で、私が書きたいことは
ブータンの云々の紹介ではなく、枝廣さんのセミナーのファン証明でもなく
一番は、「私はどうなのか」ということを、考えさせられたことだ。

国連から見たら「最貧国」に該当する。
その国が、「国民総幸福量」を掲げて
インド、中国の狭間にいて、ブータンであり続けようとしていること。

私はどうなのか?

この国にとっての英語は、優雅な趣味的なものではなく
枝廣さんの言葉を借りるならば「サバイバルのための英語」だということ。
大国の間で生き抜くため、自分であり続けるための道具なのだ。

私はどうなのか?

ブータンには、GNHによって海外から注目されて視察も多い。
日本からもたくさんブータンに入っているという。
ブータンは、自国のGNHについて、外に対してとてもオープンだという。
海外の専門家の意見にも耳を傾け、良いものは自国に合うようにして取り入れ
「より良いものにしていく」という姿勢でいるし、外へもオープンにしている。

視察に来て、GNHの指標等を“そのまま持ち帰っていく”ことに対して
「自分たちは自分たちの国のことを考えて作り出した。
 あくまでも自分たちの国のこととして作っている。
 日本には日本の実情に合ったものを作ることが望ましい」
枝廣さんが言っていたことを端折るとこういうことだが、
もっと端折ってしまうと、
「なんで自分の国を幸せにするのに自分の国を見ないのか?
 なんで自分の国の幸せを実現していくのに
 外のやり方をそのまま取り入れる(鵜呑みにする)のか?」
という、大いなる、素朴な、疑問だ。

私はどうなのか?

「ぽかん」と脳しんとうを起こしたような感じは、
そんな問いが渦巻き過ぎた結果の
「逃避」「防御」
だったのかもしれないと、今思う。

嫌な自分、情けない自分、どうしようもない自分の面は
見たくないのだ。
薄々分かっていても、認めたくないのだ。
認めたくないのは、怖いからだ。

大国に挟まれ、世界からは「最貧国」と見られ、
私だったら、
追いつきたくても追いつけない焦りや不安、情けないし恥ずかしいし、
何か起これば飲み込まれ、無くなってしまいかねない“怖さ”が
常にある。

でも、それは環境、状況であって、
幸せを感じて生きる、幸せを見出せるということとは、
影響こそあれ、別だ。

「怖さ」は、字のごとく、時に心を覆ってしまう。

私にとって、アクセスハートプロジェクトの
アンビシャスコース「インデュース」というワークショップは
自分の中の「怖さ」と向き合う時間。
今在る幸せを感じて、まだある幸せを感じたい!成功を掴みたい!
自分の中たしかにあるその思いを感じ、
ポジティブな傾きを持つ時間でもある。

まず、自分。まず、自分から。


【今週末アクセスハートプロジェクトのワークショップ開催です】
 詳しくは、下記「アクセスハートプロジェクト」をご覧下さい。


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