「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:アクセスハートプロジェクト( 32 )

インデュースを受け
「掴める何か」のエネルギーを得て
受けた今回のアクセスは、私にとって今までと本当に違った。

何が違うか。
自分も相手も、発することすべてが答えに通じているという
はっきりとした手応えがあった。
今までもなかったわけではない。
でも、本当に格段に手応えが違った。

人と向き合うことが、本当に楽しみで
ひとりとの時間が終わるごとに、
いろんな気づき、考える角度を得られ
本当に嬉しく、有り難く思った。

その中で、私が今後自分の仕事を進めていく上での
軸となる言葉を出せたこと、
その言葉が出た時の相手が、私が今年収穫を得るために
ほしい「サポートする人」だったこと、
そして、その言葉が出た瞬間、互いに「それだ!」と言い合えたことが
心底嬉しかった。

もちろん、言葉が出て「めでたしめでたし」ではなく
ようやっと、行き先が決まった、という段階ではある。
それでも、行き先が見え、共感し合える人がいてくれるのは心強い。

ここからだ。
これからだ。

心浮き立つところに、次にきたテーマが「自分の弱いところ」だった。

テンションが下がるのが自分でもわかった。
弱いところには触れたくないのだ。
このまま気持ちよく進めて行きたいのだ。
しかし、自分の弱さを知り、何故にその弱さが出るのかを知らなければ
自分の道をやり遂げることはできない。(…と今はわかる)
知らなければ、これまでの間違いをまた繰り返す可能性がある。
弱さはクセにもなっているから。

すぐ逃げる。
すぐに面倒くさがる。
面倒なことは避ける。
びびる。
変化が怖い。
責任逃れ。
自分が信じられない。
覚悟が足りない。

などなど、グループでの話し合いで出て来たが
これらは「症状」であって、(今だからわかる)
何が、どこが弱くてそうなる、その「弱さの大元」にたどり着けない。

別のグループで一つ答えが出た。

「意志が弱い」

・・・なるほど。
確かに自分たちの「症状」はそこに端を発していると思った。
しかし、どうして「意志が弱い」んだろう。
なぜ、意志が弱くなるんだろう。
疑問が残った。

「掴んだものは何か。
 何かを掴んではいる。それを意識にのぼらせる。
 言葉になっていないとしたら、それを求めていってください。
 これまでの人生の集大成が、この人生です。
 この人生をやる遂げることで、
 これまでの人生の集大成をやり遂げることになります。
 どれだけよく生きていくか。
 誰も道を間違えたくないんです。
 間違えない方に進むこと。
 皆さん、よい人生にしてください」


掴んだものは何か、結局今もこれというところまで
行き着いていない。
わからない。
わからないけれど、わからないからこそ、
それを求めていこう。
今はそう思っている。


☆アクセスハートプロジェクトの
 ワークショップ情報はこちらをご覧下さい。
 2月は東京、仙台で開講します☆







***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
あかね雲
***
[PR]
目には見えず、手に取れず、だけど掴める何かがあります。

本当にその言葉通りだった。

「皆さん掴みました」…と言われても。
目に見えるものも、手に取れるものもあったわけではない。

ただ、目を開けた時、今ここに自分がいるという
「確かな感じ」があった
「据わった」感とでもいえるだろうか。
動じない、静かで落ち着いたその感じが気持ちよくあった。

掴める何か、はあったと思う。

なぜなら、その日のアクセスハートコミュニケーションは
向かい合う一人ひとりが「かさこじぞう」の
お地蔵さんのように思えたから。

「答えをもってきてくれる」
そう思えるほど、
日頃考えていたことや、少し前に考えていたこと
考えたままフックにかけておいたような事の答えを
自分が受け取った直感、として私の前でしゃべってくれた。
あるいは、
止まっていた考えを動かす言葉を投げかけてくれた。

頭の中で「こうだ」と思っても、
実際に言語化されていないと
自分の中にあっても定着しないことがある。

例えば、ある人とペアになったとき
私は、「人生の 師 について」問いかけた。
その時に、ペアになった相手は、「最高の先生に恵まれている」
という答えを返してくれた。

「ああ、そう言う(表現する)んだな。」と思った。
感じてはいる。思ってもいる。
そのfeelはあっても、どう表現するのかまで
落とし込めていなかったりするのだ。

人は言葉で考える。
だから、思いも言葉になれば頭の中でも明確になる。

「最高の先生に恵まれている」
その言葉通りだ。私も本当に先生には恵まれて来たと思う。
そして、その恩をいつも返せずに来たような気がして
自分は恩知らずな人間なのではないかと
自分を責めてしまうときがあることも知っている。

「最高の先生に恵まれている。」
「そのことに感謝している。」

相手の発する言葉をそのままにただ受け取りながら
私は、その言葉と自分の中にあるものとの差異と
差異に当たる部分がどう言葉で表現されるのかを
ずーっと考えていた。

「私にとって 感謝 って何なんだろう?」

ワークから数日経ってもずっとそのことを考えていた。
そして、出た結論が
「おかげさまで、やり遂げることができました」
これをもって、私は「感謝」としたいんだ。
という自分の気持ちを掴むことができた。




つづく


***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
あかね雲
***
[PR]
「インデュース」を受けるようになって
何度も書くが、息を吸っても幸せ、吐いても幸せ
それを感じた。以来、呼吸が
自分のバランスを整えるとても大切な方法になった。

そして、「インデュース」によって
私は自分自身の「地ならし」をしてるのではないかと
思い始めた。

地ならしをする。それには目的がある。
それが、「真」の一文字から始まったと思う。

「真の自分を掴みたい。」

そこに向かって、私は今の自分を賭けている。
人生を賭けている。持っているものを全部注ぎ込みたい。
全部使いたい。使い切り活かしきりたい。
なのに、それが出来ていないことも知っている。

タマラさんは、アクセスハートコミュニケーションを始める前に
「真」について、時間をとって話された。
よどみなく、滔々と話された。

そして、アクセスの前に、
「真の自分に向かって生きることを確実にする
そのためのエネルギーを受け取ってください」と言われた。
自分の真に向けて生きるための何かを掴む。
その「掴む」エネルギーを私たちは受け取った。

目を閉じ、タマラさんの言葉に導かれながら
今の私の今までの人生も含め、
前世と呼ばれるこれまでのたくさんの人生
意識化されずとも自分の中に記憶されているすべての人生を通過した。
そして、最後に今の自分に戻る。

その、どんどん人生を通過していく間、
私は、宇宙のような空間を、ただただ足の裏に圧を感じながら
降りていった。

怖くもない。喜びでもなければ悲しみでもない。
ただただ足の裏に圧を感じながら、
ひたすらに自分の体がその空間を降りていった。
そして、最後、今の私の中に入った…というか戻った。

戻っても、特段の喜びや特段の悲しみがあるわけではなかった。
ただ「私だ」と思い、それ以外何もなかった。
目を開けてもそれは変わらず、
「今ここに私がいる。」
静かにそう思った。


つづく
***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
あかね雲
***
[PR]
開始前、タマラさんからホワイトボードにある一文字を書くように言われる。

「真」

最初書いた時、「タマラさんに言われて」書いていた。

「落ち着いて、もっとよく考えて」

・・・あ、もう始まったんだ、そう思った。

ホワイトボード全体を見ること。
その中で、どのようにその一文字を書くか。

書く。消す。
書く。消す。
書く。消す。
何度書いても、軽い。
ただ大きいだけでは違う。
ただ勢いよくでも違う。
書く。消す。
書く。消す。
書く。消す。

ざわざわしていた会場が、徐々に静かになっていく。
最後、背中に熱視線を感じながら、静かな熱さの中で書いた。
でも・・・思うように書けなかった。

ホワイトボードが「今」という時空だとしたら
そこに書き表されるべき「真」は、私。
「本来の私」だと思う。

おそらく書いたのは「こんなもんかな…」としている私だった
そう思う。
今の自分が全部出ていたと思う。

「真」の文字を書くところから始まって
タマラさんが話を始められた。




***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
あかね雲
***
[PR]
今年最初のアクセスハートコミュニケーション。
数日前に

年頭のセミナー、何かがあります。
目には見えず、手に取れず、だけど掴める何かがあります。
何かを求めている方は、この一年をより良くする為にも受講して下さい。


講師であるタマラさんのこのメッセージが「あかね雲」にも掲載された。

「掴める何かって…なんだろう」

スタッフである私にも…それはわからない。
タマラさんのワークショップは、もう10年近く受けて来ているが
ワークショップタイトルは同じでも、内容は毎回違う。
その日、その時の、会場に集まっている人によってフレキシブルだ。
だから、同じタイトルのワークショップでも
何度も参加する人、別の地域での開催にも参加する人などもいる。
「出ないと損した気がするから」
出ることが、自分にとって得だ感じてくださる。
実感あってのその言葉だと思うと、
スタッフである私も嬉しい気持ちになる。

今回のワークショップは、タマラさんの「メッセージ」もあって
「掴める何か」を掴もうと40名近い参加になった。

その輪の中に私も入れていただいて
ワークショップがスタートした。

つづく…

***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
あかね雲
***
[PR]
アクセスハートプロジェクトの「インデュース」を受講するようになって
呼吸することが好きになった。

生きていくことに不可欠
というか
生きている状態そのものである「呼吸」について
好きになった、というのはおかしい話かもしれないが
これまで呼吸に対して、
「私はあまりいい呼吸をしていない」と思っていた。

自分では気づいていなかったのだが、
とても呼吸が浅かった。
ある時そのことを指摘され、気にしはじめたら、やっぱり浅い。
浅いだけでなく「潜ってますか?」と言うほど
呼吸していないような時もあり
思いっきり吸い込むが、吐く息がオドオドしていたり、
吸うも吐くも、ひくひくひくっと泣いた後のようになって、
すーっと出入りしない。

そんなこんなで「呼吸」というものに下手意識があった。

インデュースは、呼吸で始まり、呼吸で終わる。
「息を吸うのも幸せ、吐くのも幸せ」
それが私にとってインデュースで得た最初の実感だった。

今日のワークでは、図らずもタマラさんがその呼吸について触れられた。
インデュースにおいて、「大きく吸って、気持ちよく吐く」ということは
バランスをとる、バランスを整えるものだとのことだった。
今受け取れるものを大いに吸い、今吐き出せるものを気持ちよく吐き出す。

最初は大きく吸えないこともあったり、吐き出すのがオドオドしていたりしても
二回目、三回目と繰り返すことで、大きく吸い、気持ちよく吐けるようになる。
「最初の実感」が、それまでの下手意識を払拭してくれたんだと思う。
一度目がひくひくでも、「やっぱりだめだ」と思わなくなった。

呼吸は日々に行い、死ぬまで続くもの。
それに対して
「やっぱりだめだ」と思っているのか
「幸せ」と思っているのか。
×365日。
×24時間。
繰り返すその差は大きい…と思った。


■Reiko.Sからのお知らせ■
今週末は東京で
「トラストハートディスカッション」
「アクセスハートコミュニケーション」
2つのワークショップ開催です。
詳細は「アクセスハートプロジェクト」ウエブサイトへどうぞ。

***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
あかね雲
***
[PR]
体、そして心。
私という人間の外側から浸透し、バランスが整い、
本来のポジティブな状態になっていく。
この心地よさを、体と心で記憶していく。

そして、いよいよ根本的な「生き方」へとテーマが移る。
4回目と5回目。
テーマは「2013年の収穫」。

4回目は「今年の収穫はどのくらいのなのか」
5回目は「その収穫を確実に得るために
     自分のサポートとなる人、ものは何か」


タマラのエネルギーの性質として、私が一番感じるのは
「何事もはっきりさせる」ところ。
そして、ことある毎に言われ、問われ続けている、
「本気」であり「本心」。

つまり、タマラのエネルギーの新しい活用方法であるインデュースは
今年の収穫について、またそれを確実にするためのサポートについて、
本気で、本心から、素直に「掘り下げん!」とすれば、それを促し
本気で、本心から、素直に「示唆するところ」を求めれば、それを促し
本気で、本心から、素直に「知りたい」ことを、でてくるように促す。


「自分から、取り組む。
 自分から、求める。
 自分から〜ですよ。
 待っていてはダメ。
 待ちの姿勢はやめましょう」



タマラさんは、最初にそう言って4、5回をスタートされたが
その事を痛感したのは、4回、5回を終えて、すっきりしない自分を感じ
翌日も考えて、タマラさんにもう一度、自分の考えを話してからだった。
まだまだ「わかったつもり」だった。
すっきりした分、悔しさがはっきり込み上げて来た。

インデュースは、自分の ときめき に、素直で、正直であればあるほど、
どんどん深部へと進むのを促してくれるように思う。

馬鹿には勝てん。
もののけ姫のラストの方で、
あの坊さんが石の上でぼそっと言った言葉が浮かぶ。

どんな理屈も、魂の前では「ただの理屈」でしかないのだ。

世の中で生きていく中では、
へ理屈いう、嘘もいう、言いわけする、逃げも甘え、何でもやってしまう。

でも、自分の前でまで、どうしてそういうことするんだよぉ!と思った。

「知りたいんだろう、
 何よりも自分の人生の意味を、
 価値を、自分が在るということを!」


自分に言い訳してどうするの?
自分に嘘ついてどうするの?
自分をごまかしてどうするの?
自分に理屈でああだのこうだのいって…どうするの?

でもやっちゃう。でも「自分らしく生きたい」。
この大いなる矛盾が 浮き袋 となって、
あえなく海面に浮上してしまう。

自分の今の姿がはっきりしたインデュース。
この自分から、どこまでも深化していこう。




     

***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
あかね雲
***
[PR]
インデュース3回目は「心の傷を癒す」がテーマだった。

「一度も傷ついたことのない人は誰一人いません」

みんなそれぞれにうなづいていた。
「傷だらけの心」ともいっていい、
その心は傷跡(かさぶた)=記憶を残している。

傷跡を残す、それは大切に思うことにつながっている。

その言葉が心に残った。

傷つくという記憶を残すということは、完全に癒えることはなく、
傷つく前に戻りはしないということ。
「なし」にはしない、ならない。
だからこそ、私たちはお互いを大切に「できる」。
そう話すタマラさんの言葉は、深い。

心を癒す時間が、今までよりも豊かに感じられた。
自分自身への、傷ついた経験への、傷ついたり、傷つけたりしたその時の相手。
記憶への眼差しが明るくなっていく。

心の傷を癒す話の後、実際にインデュースをする。

私の場合は、まず体に痛みを感じた。
体を癒したときと同じように、痛みとして感じたところに意識を向ける。
大きく吸って、気持ちよく吐く…という呼吸を意識しながら
(もう大丈夫だよ)と自分に話しかける。
するといつしか痛みがなくなっていく。

背中に感じた痛み、それが終わると今度は腰に。
何かの、いつかの記憶とつながっているのだろう。
(いつも背後からだな…)なんて思っていると、
今度は、突然犬に噛み付かれているようなビジョンが浮かんだ。
思わず「きゃ〜〜〜〜」と、手を振りそうになった。

(私って、本当にびびりだな〜。もう大丈夫、大丈夫だよ)

体に重さを取り戻し目を開けると、
さっきよりもさらに自分が落ち着いているのがわかった。

「この体気に入ってる」から、
今度は、どっしりした自分の居心地の良さに
なんとも言えない、、、愉快さが全身に広がっていった。


***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
あかね雲
***
[PR]
ここに書くことは、あくまでの私自身の体感であり実感ですが
「インデュース」ってどんな感じなの?の一例として
読んでいただけたらと思います。

***

タマラのエネルギーを活かす方法としての「インデュース」のやり方は、
それ自体はとてもシンプルなもの。
目を閉じ、大きく息を吸い、気持ちよく吐くという呼吸から始まって、
体を軽くし、タマラエネルギーに満たされ、自分自身の軽やかさを楽しむ。
そして、体の重さを取り戻し、再び大きく息を吸い、気持ちよく吐いて、
目を開ける。
時間にして5分ほどだ。

最初2回は、体に焦点を当てた。
タマラさんのリードで、1回目はとくに何もきめないでノンテーマでやった。
目を開けると、体の感覚が軽く楽になったのを感じた。
暮れからの体のゴリゴリ感が、布巾で拭き取ったかのようにすっきりした。

そして、私は新発見をした。それは
「私は自分のこの体が、すごく気に入っている」ということ。
昔から、自分のスリーサイズもよく知らず、
体重も身長もだいたいしか知らないで来た。
特にぺったんこバストは、はかりたくもなく・・・
来世は絶対グラマラス!と決めている。そんな私が、である。

頭から足先まで、体を軽くしていく時、
自分の体をもう一人の自分が触れる感じでイメージしている。
体に触れる手が見えた時、
「なんてきれいなラインなんだろう」、そんな思いが浮かんで嬉しくなった。
好きな仏像があるが、それに触れたらこんな感じなんだろうか…。
胸の小ささも、私はけっこう好きなんだと思った。
私は、私のこの体が気に入っている。とても幸せだった。

2回目は、「私の体が今どうなのか知りたい」というテーマでやった。
すると、左の奥、左の肩、左の腎臓付近、右の肩の当たりに
…どういったらいいのだろう
軽い痛みのような、「ここだよ」という程度の痛みのような感覚があった。
弱い箇所、疲れが溜まっている箇所なのだろうと思う。

同時ではなく順番に点灯するかのように軽く痛む。
目の奥に感じ、目の奥に意識を向ける…しばらくすると感じなくなる。
すると肩に痛みを感じ、肩に意識を向ける…少しすると感じなくなる。
そんなふうに、それぞれに意識を向けて、痛みを感じなくなって終わった。

目を開けると、体の余計なものがない感覚に加え
気持ちが明るく落ち着いて、
周りにいる人の様子を冷静に見ていることに気づいた。
この変化はたぶん「自分の体を気に入っている」ということによって
「私である」ことを幸せに感じたことによるものだと思った。

タマラさんは「自分の体のメンテナンスに役立ててください」と言われた。

気づかずに心身に負担をかけていることも往々にある。
埃は、音もなしに積もる。
ある時気づいて「いつの間に!」と思ってびっくりするが
病気も同じかも知れない。

インデュースで体を知ることは、「いつの間に!」を回避にもなると思った。



つづく


☆1月の「インデュース」
 日 程:9日(水)午後1時半〜5時(受付1時15分〜)
 場 所:かつしかシンフォニーヒルズ別館
(東京・葛飾/最寄り駅:京成青砥)
 受講費:5,000円
 お申込み/お問合せは アクセスハートプロジェクトまで

 
***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
あかね雲
***
[PR]
今年最初のアクセスハートプロジェクトのワークショップは
「インデュース」。

タマラエナジーを活用する方法の一つに「自己ヒーリング」がある。
最初は、その徹底的なトレーニングをする目的で、
トレーニングワークショップを企画した。

きっかけは自己ヒーリングだったが、結果として、
「人本来の生き方」を伝えるタマラ、
人がいきいきと生きるためのサポートとなるエネルギーである「タマラ」が
どう役立つのか、どう活かせるのか、そのエッセンスを自ら体感、実感できる
そして、自らの「進度」とともに進化し深化するセミナー
「インデュース」が誕生した。

インデュースには「〜を引き出す、〜を誘発する」という意味がある。

これはタマラさんのワークのすべてに通じるのだが
どこまでも主体は自分であり、「自分で自分の○○を引き出す」ことがベース。

まず自分。出発点は自分。

「こうなりたい」「知りたい」「わかりたい」「掴みたい」「到達したい」
さまざまな「〜したい」が根本。
それがあって(目的地、目標地点)すべてが動き出す。
目的、目標が明確なら、動きはより的確になる。
事の大小ではなく、「ぼんやり」を「はっきり」に変える。

例えば、健康に年を重ねたいという希望があるとする。
健康に年を重ねるということは、どういうことか。どんな姿でいることなのか。
それが、「病気をしていない状態」であることとなれば、
今からできることは何だろうと考え始めるだろう。
すると、まず「今の体の状態を知りたい」と思う。
知ることから、次に何をすればいいかを考え行動することができる。

今回のセミナーでは、
タマラエナジーの活用方法としてのインデュースを5回行った。
1〜2回は、体を知る、癒す。3回目は心を癒す。
そして4〜5回目は「2013年の収穫」についてだった。

つづく・・・



***
blog
Reiko.S「自分らしく生きる」
目覚めの直感
work
アクセスハートプロジェクト
アクセスハートプロジェクトfacebookページ
favorite
タマラ・加藤憲子さんのblog「あかね雲」
***
[PR]