カテゴリ:拝啓 読者の皆様( 375 )

7月のスタートは、
機関誌「飛翔」「季刊タマラアソシエーション」を発行することから始まりました。
編集部の皆さんに加えて、お二人の協力があって、無事に発行準備ができました。
ありがとうございました。
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社会で起きていることは、
人間そのものの現状の投影のように思えるときがあります。

たとえば、エネルギー問題。

原発のこともあり、
その前からも有限の石油エネルギーに代わるものについて
関心が高い。
でも、遥か昔から人間は生きていて、生きてきた。
石油を使ったり、石炭を使ったりしてきたけれど
それより遥か前、
人は「そこに在るもの」のエネルギーを使って
安直な発想かもしれないが、
例えば煮炊きは「火」力を、
「水」のエナジーで水車を回し、
「太陽光」や「風」で洗濯や食材などを干す、、、

そこに在るもののエナジーを活用して生きてきた。
たぶんこういう時間の方が遥かに長いのではないか、と思う。

在るものを活かして
必要なエネルギーを担保する、という発想だから
「活かす」ことにおいては、
人間はいろいろと能力を持っているのではないかと、
想像する。
「活かし、活かされ、活かし合う」
そのための知恵や能力。

基本は、自分を「活かす」こと。
なぜならば、
自分自身が生命体としてのエネルギーを持ち、
地上に「在る」存在であり、
他の「在るもの」を活かせる存在、だから。

そして人との間で
「活かし、活かされ、活かし合う」こと。
ここにおける知恵と能力は
計り知れないのではないかと思う。

なぜなら、それを頼りに生きてきた
(生き延びて来た)時間の方が
遥かに長いと思うから。

「活かす」は、
「感じる」「感覚」「感知」によって始まり、
「思考」によって進み、
「やってみる」ことで形になっていく。

1日1分、このサイクルが稼働していたかな?と、
思いを馳せるだけでも
「自分」というものの存在エネルギーは、
質的に本来のあり方に向かって
変わっていくように思う。

エネルギーを問題にしているのは、
人間と人間の社会。
だとしたら、
人間がより本質を取り戻す方向で動き始めたら
人間そのもののエネルギーは活性化し
何かに頼っていた分を 省エネ できるのではないか。

そんなことを考えている。
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やり切れば、本当に何も残らないものなんだ。
本気でやった時の事は、、、
やりたくてやったことなので、すごくも何ともなく自分の中で終わっている。
その感覚を思い返した時、私は、社長のブログ「あかね雲」のビジュアルが
思い浮かんで、自分なりに納得するものがあった。
そう、今日一日やり切ったら、私は明日に向かって立てる。明日を堂々と指差し目指せる。

東京でのトラストハートディスカッションで、
「自分が進むために、自分が何に対して不満を抱いているか」
についてグループディスカッションしたのだが
究極行き着いた結論は、
自分のパフォーマンスへの不完全燃焼、不本意な気持ちであり
そのためにも省みる時間を持つこと、だった。
それによって私は、期待感を抱いて明るく明日を迎えられる。
今日のことが見事に肥やしになる。
肥やしはいつまでも肥やしとしてない。
分解されて生育に必要な栄養となって使われていく。
分解されてこそ、跡形もなくなってこそ、肥やし。

何も残さない。一日一日をそのように過ごそう。
気持ち良く!
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イギリスでのイベントを終えた洋子さんから電話をもらった。
仕事と長旅の疲れのまったくない、
イキイキとした洋子さんの声に
終始笑い通しの電話になった。

洋子さんとは、
タマラアソシエーションのインストラクター、
林洋子さん。
アロマでもインストラクターとして、
お住まいのある愛媛のほか各地で活躍している。

私は、洋子さんをもっともっと多くの人に
知ってもらいたいと思っている。
なぜなら、
これは以前にもどこかに書いたかもしれないが
私は、洋子さんのアロマへの思いや生活への取り入れ方に
共感しているから。

アロマのことを聞くと、
「母」のように、「姉」のように教えてくれる。
また、教えてくれる内容も、
専門知識と生活実感がぴったり寄り添っていて
何より「自然」なのだ。

私の中に、
彼女をプロデュースしたい
という気持ちが起こったのは
とても自然なことで、何の違和感もなく、
昨年まずは、
毎月開催しているタマラの交流会のスペシャル企画として
『洋子さんのアロマ時間』を開催した。

アロマを和室で、という
なかなかないセッティングになったが(^^)
まず一歩踏み出した、そんな思いだった。

そして、その後も彼女はアロマで自分の可能性を追求していて
いろんな「楽しいこと」を生み出している。
「それは、ぜひ東京で!」
「それも、ぜひ東京で!」
何度リクエストしたことだろう。

それが、この日曜日、
叶うことになった。

「洋子さんのアロマ時間」

今回は・・・
「ヴィーナスオイルづくり」をすることに決定!

以下はご案内です。
もし、このブログを見て、行きたいと思われたら
reikosato@docomo.ne.jp までお申込みください。

○お名前 ○連絡先メールアドレス をお忘れなく。

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「洋子さんのアロマ時間」 今回はビーナスオイルづくり
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5月20日(日) 
スケジュール:午後1時半〜3時(オイルづくり)
       その後5時まで交流会
会    場:葛飾区内 佐藤までお尋ねください。
参 加 費 :オイルづくりは実費になります(3,000円〜)
       交流会は500円 ※お飲物はご持参ください。持ち寄り大歓迎。
定    員:10名まで 

イギリスでは、
タマラのインストラクターお二人の経営されている
The Aromatherapy Company の精油を
たくさん購入されたとのことです!
今回のイギリスでのイベント出展のこと、
そこでの出来事なども
交流会でたっぷりお話しいただきたいと思っています。

お申込み・お問合せ reikosato@docomo.ne.jp 佐藤まで
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妹夫婦が姪を連れて遊びに来ていた。
姪と一緒にいる時間は、私たち家族にとって
とても楽しく新鮮な時間だった。

朝、仕事をしていると後ろに気配を感じる。
振り向くと、パジャマ姿で親指を吸っている姪が立っている。
入ってはいけないというのをどこかで察知しているのか
廊下のところからこちらを見ている。

一才半、ようやく片言が出て来たところ。
こちらの言うことにも
わかるときは反応する、わからないときはじっと見ている。

いつも午前中は外で遊んでいるという姪は
とにかく外に行きたがる。
廊下で立って見ているのは、私なら抱っこしてドアの外に
連れて行ってくれると知っているからだ。

どれどれとベランダに連れて行く。
雨の中、鳥が鳴いている。
「鳥ないてるね」「・・・トリ」
「そう、鳥ないてるね」「・・・トリ」
しばらくすると、サンダルを履きたがる。
大きなサンダルを履き、ベランダの植木鉢に手を突っ込み
ひっくりかえし、底石を1つ、1つ、掴んで移動させる。
それを私にくれる。「くれるの? ありがとう」
くれるが、じーっと見るので、返すと、そそくさと受け取って
また床に転がし、また拾って私にくれる。
「くれるの? ありがとう」

そんなやりとりを何度も繰り返す。
そして、しばらくすると一人遊びを始めたので
そばで様子を見ていた。

やわらかい股関節。
四股を踏むかのように、おむつの大きなおしりでしゃがみこんで
つまんでは置き、置いてはつまみ・・・。

それをただただコツコツと繰り返している姪を見ているうちに
1つのことが、私の中ではっきりしてきた。

「無邪気さって、永遠だわ」

姪は、この時間を経て大きくなり、大人になり、
いつか年老いておばあちゃんになる。
でも、姪は姪なんだ。
いくつになっても、姪は姪。
もっちもちの赤ちゃん肌が、しわしわになる時が来ても、
姪は姪。

いろんな経験をして成長していくから、
いつまでも底石をつまんでいる姪ではない。
けれども、大きくなったら、別の個体になるのではないんだ。

「無邪気」を核に、生きて、経験を年輪のように重ねて行く。


笑い、泣き、寝て、食べて、
歩いて、しゃべって、帰っていった姪。

「今、なにしてるかな」「もう寝たかな」

静かになった我が家で、息子と私はそんな話ばかり。。。
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トイレ掃除をして、さてさて新しい便座カバー
(商品入れ替えで、安く購入できた!)
に取り換えようとしたところ。。。

毎日使っているトイレの便座の形を間違え
「うそ。。。」

毎日使っているのに、認識できていない。

ごめんよ、マイファミリー。
しばらく「ひや!」っとする便座で我慢してください。

とそのとき、この便座カバーを買った時のことがよみがえってきた。

「この商品は衛生商品のため、交換はできません」

はっきりと文字が浮かんでいる。そう、その時、私はその表示を見て
「そりゃそうだよな」と思っていた。

しかし、そこどまりだった。

取り換えが出来ない⇒この商品は返品できない⇒便座には2タイプある
そして、もう一度、自分が今手にしている商品を「確認」する。

あれは、まさにそのチャンス到来!だった。

なぜ確認しなかったんだろう。そこを考えた。

確認しない=思い込んでいる。
それはあった。でも今一度と思うこともできたはず。
なぜ今一度、という発想ができなかったか。

安く買えた~私って直感さえてる~!と、思い嬉々としていた。
これは、本当。

しかし、間違ったものを買っては、「意味がない」のだ。

あの表示を見た時。

「大丈夫、大丈夫」・・・・・・・・・・過信
「自分は間違っていない」 ・・・頑固、傲慢
「確認するの、めんどくさい」・・・いい加減

これにより、直感で受け取った情報をスルーしてしまった結果が
「使えないものが残り、お金を失う」という結果になった。

トイレ掃除から始まったこの結末は
「臭いモノには蓋をしときたかった」、自分の性分に行きついた。

・・・こういうところがある、これが私なんだ。


じゃあ、今度こういう場面ではどうするか。


最悪なケースは、再び同じことをすることだ。
物は使えず、お金は消えるなんていう、損はこりごり。

最善の方法は
「鮮烈な直感は、必ず確認する」

基本的に流れに乗っているときの直感は、
直感を直感とも意識せず体が動く。

しかし、今回もそうだったが、
そのままだとまずいよ、というシグナルは、
情報としてけっこう「はっきり」している。
そして、のちのちまで鮮明な記憶となって残っている。


過信しやすく、頑固で、いい加減なところのある私には
回避すべき時、「はっきり」わかりやすい情報で、
直感は私に知らせている。

いや、直感は私の中にあるのだから、
これは「私が私に知らせている」のだ。

そこに行きついて、自分への
「ごめんね」
「ありがとう」
満杯な気持ちになっている。


直感をしっかり掴もう、そして活かそう。
なによりも、自分のために。
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真剣な時を覚えておこう
真剣な時の自分の感覚を覚えておこう
静かに落ち着いた
あの真剣な時を、忘れないようにしよう
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タマラと出会ってからの日々で得たものは
「はっきりする」ということ。
良い、悪いを超越した「明瞭さ」。
それが、私にとってのタマラだ。

人生のサポートとなるエナジーと出会って、
そのことを実感しているということは
それを私が一番に望んでいるのだと、今思う。

私が、タマラと出会ってから、何が一番の発見だったか。
それは、びっくりするほど
「頭で生きている」ということだった。

私は自分の心を大切に、思いのままに生きている。
という想定の、頭で作り上げた人生を生きていた。

この仕組み、わかるだろうか。
はっきり言って「ややこしい」。

ややこしいがシンプルにいうならば、
思いのままに生きるということは、
こうすることだ、ああすることだ、こうすべきだ、ああすべきだ
という「あるべき論」で、
予め頭で用意していたということ。

このややこしさ故に、私の心は、思いは
「明瞭さ」を求め、「はっきりすること」を望み、
人間的に、私的に「良いこと、悪いこと」
すべからく明るみになっていった。

そして、本当に水滴が石を穿っていくように、
「自分の思い」「心」を軸にする
自分の望む生き方へと
パラダイムシフトしてきた年月だったように思う。

頭で生きることは、癖にもなっている。
やはり今でも知らずそうなりかける。
しかし、
何かこうしっくりこない、なんだかうまく行かない。
そんな匂いともいうべき、
気配ともいうべきサイン=直感に気づけるようになってきた。

振り返って思うに
思いに基づかずに頭で考えていた間は、
コラージュだった。

あっちのいいと思うものと、
こっちのいいと思うものとを切り貼りして
「私」をイメージしていっていた。
それを「私の思いを知る手がかり」
としている間は良かったが
それをそのまま「=私」としたところから、
自分を見失ったように思う。

タマラと出会い、
自分の心にアクセスし直し始めてから、
「自分の絵を描き始めた」
この表現が一番しっくりする。
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伊豆高原にある「ロロシトア」という
オーガニック、フェアトレードショップ&カフェで
ネパール在住の
パスカルさんの写真&アリスさんの絵の個展が開かれました。
町田での展覧会には行けなかったので、
今回はとても楽しみだった。

パスカルさんと話をする中で
どのようにしてこのような写真が撮れるようになったのか
と質問した。
それに対して彼は、写真を勉強したことはないと言い
experience(経験)によるものだと話してくれた。
そして、それはアリスさんも同じだといった。

撮りたい、描きたい。

自分の felling(直感的に抱く感情、気分、感じ) 
に忠実であること。
そして行動することが表現となる。

考えや計画や想定が先攻しているのではないということを
彼は何度となく言葉にし、私たちに伝えた。

その話しを聞きながら、思い出したことがある。

NHKBSの『旅のチカラ』という番組が好きなのだが
料理家の栗原はるみさんが登場した時の
旅先となったイギリスの一つ星レストラン
「ゴティエ・ソーホー」の
シェフたちの様子、そして言葉。

誰もが一定の味のものを作れるように
すべてを「量って来た」栗原さん。
しかし、そのレストランのシェフたちは、
基本いっさいメジャーを使わない。
自分の舌で確かめオーケーを出す。
食材選びも同じ。
市場に行き、自分の目で、自分の嗅覚で食材を感じ、
そこからのインスピレーション、
イマジネーションで料理を創造する。

面白いと思うことを、やってみたいという衝動を、
素直に行動に移す。
良い感じがしたら、それをもとにイメージをし、
やってみる。

メジャーがないから、ではない。
味は自分の舌を信じればいい。
自分の感覚を、感性を、
自分自身の喜びの感覚を、好奇心を信じる。
何もなくても、
今こうして感じていることから始められることを
信じている。

舌があるじゃないか。
目があるじゃないか。
鼻が利くじゃないか。

「何も恐れることはない」

私にはそう聞こえた。
そのことを、パスカルさんと話してい思い出していた。
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誕生日前夜の大嵐に、何かワクワクするものを感じる。
極めて忙しい。
にもかかわらずのこの種のワクワク感は、久しぶりだ。

「風よふけー、雷だって鳴っていいぞー」

電車が止まって夫は足止め。
ひとり「アグリベティ」を見ながらの晩御飯。
最近は、海外ドラマ専門チャンネル?を発見し
気に入った番組に合わせて、休憩時間のタイミングを計っている。
気分転換にはもってこい。

アグリベティ。
娘を励ますお父さんの一言一言が、印象に残る。
あんなふうに子どもを励ませたらいいな。

子どもを信じるって、この子の親である「自分」を
自分らしく生きていくことかもしれない。

家族みんな、それぞれに踊るシーンで終わった。
人生も、自分も、もっともっと陽気に楽しもう!

「自分らしく」
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