「ほっ」と。キャンペーン
高校時代の友人の誘いで、都内にある飛騨居酒屋主催の会に参加しました。
今夜は、同窓の先輩後輩が多かったのですが、
他校の方も飛騨以外の方もお酒を酌み交わせば、もう仲間!
今回は飛騨から平瀬酒蔵の社長さんが美味しいお酒をたくさん用意してくださり、
お酒好きの皆さん、大いに楽しんでいらっしゃいました。

それぞれにそれぞれの場所で活躍中の皆さんとの会話は楽しい。
飛騨の料理を実に久しぶりに味わって、飛騨弁を聞いて、
先輩方の為になるお話を聞かせてもらいました。

生きてる実感は?

先日の交流会で質問されました。
懐かしの味を噛み締めながら、ご縁をいただき、話に耳を傾け、笑い合う時間はもちろん、
出逢った方の顔を思い出しながら、話を振り返りながらの一人夜道もまた、
生きてる味のする時間、そう思いました。
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by bluebean | 2011-10-29 22:52
「いらないものは、切り捨てたんです」

一目会って、はっ!とした女性。Yさん。
Yさんとの取材の機会をいただいて、いろんなことを教えていただいた。
その時に、Yさんの口から出た言葉。

切り捨てる。
言葉だけではとても厳しい。
でも、そうして生きて今がある
目の前のYさんの輝きが、その言葉の証明だった。


本当に素敵な女性。

「私は子供に私の背中を見せたいから」

それがYさんが行動を選択する時の基準だと聞いて、心を射抜かれる思い。

はっ!とした。その理由が、話しをさせていただく時間の中で、わかりはじめた。
「わかる」のは、本当の「わかる」になるのは
私がここから考えて行動してから。
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おかげさまで、10月の交流会も無事に終わりました。

初めての方、何度か足を運んでくださっている方、
どなたも最後はいい顔でお帰りになられて
至らぬところ多々多々ありましたが、開催できたこと、本当によかったです。
遠くから、近くから、来てくださりありがとうございました。

今回は、タマラさんが来てくださることになって
スペシャル企画として開催しました。
平日にも関わらず、30人もの人が集まってくださいました。

笑いあり、大笑いあり(^^) ほろっと涙もあり、激励あり、宣誓あり!

タマラさんはいろんな話しをしてくださいました。
その全部を詳細に記憶することはなかなか…。
でも、
きっと あの言葉が心に残った この言葉ははっきり覚えている なるほど!と思った
そういうことが、いくつかあるかと思います。

それがきっと、今、自分が知っておいたほうがいいこと、
今必要なメッセージなのだと思います。

ふと見た手帳、27日は新月でした。

タマラさんのお話しや皆さんとの交流の中で何かを得て
今回の交流会をきっかけにしていただいて
これからの毎日に笑顔の時間を増やして頂けたらと思います!(^^)

来月も11月24日(木)午後1時半から、交流会を予定しています。
会場も、今のところ同じかつしかシンフォニーヒルズ別館1階の和室を予定しています。
よろしかったらぜひ、お出掛けください。

次回からは、ヒーリング大好きの山田さんが、受付窓口をしてくださることになりました☆
また改めてご案内いたします。

皆さんとお目にかかれることを楽しみにしています!
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先日の披露宴。

着物で出席しようと思っていたのですが、諸事情あって今回は見送りました。
一緒に招かれた友人が、素敵な訪問着姿で出席し、またよく似合っていて
ああ、いいなあ〜☆

やむを得なかったとはいえ、
着物を着なかったことをちょっと後悔しました。

新婦の学生時代からのお友達のテーブルは
皆さん着物姿で、それはそれは華やいで見えました。

素直に、単純に、素敵だな…と思いました。

以前、着物に関わる仕事をしていた時の私は
素敵と思ってはいても、何か心がウキウキとはしていなかったと思いました。
その後、原稿にしなくちゃならない、そっちのことで頭が一杯でした。

今回他の方々の着物姿を拝見しながら、
今、自分が着物に対してすごくリラックスしていることを感じました。

ああ、素敵! 私も着てみたい。
単純にそう思え、「ああ、この思いを上手に育てたらいいんだ」
仕事という枠を外して、久しぶりに触れてそう感じ、
ここの視点で、もう一度見つめてみたら何かが見つかりそうな気がしました。
それは、仕事へのヒントかもしれないし
仕事を始めた頃の思い、かもしれません。

世間は声高に「着物離れ」を言います。
しかし、どうなんでしょう。
「着物離れ」ではなくて、何かがそこに象徴されているように思えます。

それは、「手間をかけること」かもしれません。
着物を着るって、手間を惜しまないことのようにも思えるから。

着物や和文化への憧れは、少しも「離れていない」のではないかと私は感じます。
着物が着れることを羨ましがられたり
ほんの少しの着物の知識も役に立ったり
布袱紗を持っているだけでも「素敵」と思われたり…

何か今までとは違うアプローチで、着物を見てみたい。
日本の文化を見てみたい。

そんな思いが芽生えた披露宴でした。
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ランチミーティングをして、落語をきこうと約束をしていた昨日。
改札で待ち合わせたYさん。真っ青な顔をして近づいて来た。

「携帯がなくなってしまって…」

待ち合わせたのは大崎、無くしたのは池袋駅周辺。
まずは、大崎駅の駅員さんに相談。
続いて池袋のコインロッカーへ向かう。が、ない。
荷物をいったん取り出し、確認するも、ない。
コインロッカーの会社に電話するも、ない。
うーむ。
もし自分だったら…やっぱり駅の窓口とかに届けるだろうと
JR、私鉄、地下鉄、それぞれの窓口で尋ねるが、ない。

電話をすると、電源が切ってある様子。
誰かが拾ったことは推測できるが、そこから先の「仮定」はさまざまに「浮かぶ」。
本当に「浮かぶ」という言葉がぴったり。
その中から、一番高い可能性と、自分たちでできるところから
1つずつやって落としていく感じ。

落語は、以前インタビューさせてもらった落語家さんだったので
Yさんは、そちらに行ってくださいというが、たぶん行っても気になって落語どころではない。
携帯がないのだから、ここで離れたらYさんと連絡が取れなくなってしまう。
まさに、このままでは私の中で「落ち」がつかない。

駅関係は軒並みアウトだったので、とりあえず、電話を第三者に使われないようにしないと、
ということでドコモショップに向かった。
用あって上京していたYさん、落とした携帯は、修理中の自分の携帯に変わる「ドコモ管理品」。
状況もコンプレックスしている。
ドコモでは、まずは警察に行ってまず遺失物の届けを出してくるようにと言われる。

「交番なんてどこにあるんだろう…」というYさん
にわかに頭に交番の風景が浮かぶ、、、ということは私はどこかで見たはず。
と、思うと正面に交番が!!!!!
ドコモショップに来る道すがらに交番があったのを、無意識に覚えていたらしい。

中に入るYさん、天気もいいので外で待つことにすると
友達の私も中に入れてもらえることになった。折り畳みイスを大きな体のおまわりさんが
広げてくれた。ドキドキ。

みると4、5人いるおまわりさん、どなたも頑丈な体つき。
・・・剣道、ではないな…みなさん柔道ですか?(心で質問)。
池袋をずっと歩いていて、ずっとどこかにあった恐怖心。
日本なのに、いろんな言語が聞こえてくるし、ちょっとコワい感じの人が多い・・・。
ドコモショップでも、「いらっしゃいませ」という店員さんに、「支払いじゃ」という
あんちゃん登場で、デモ機をいじりながら、ドキドキしていた。

夜の池袋は、いろんなことが起きるんだろうなあ…。
その中に入って行かなきゃならないのだから、おまわりさん、やっぱり大きくないと…。
そんなことを思いながら、一人一人のおまわりさんを見ていた。

その間にも、応対してくれたおまわりさんとYさんは話しをしている。
が、なんとなく、おまわりさんの様子がおかしい。
何か思い浮かんでいるが、ちょっと待て、ちょっと待てと、自分を制している感じに見える。
Yさんが書類を書き終え、しっかり「ドコモ管理品」という言葉を見て、目がぱっちりした。
そして、ちょっと待ってください。と言ってどこぞに電話し、奥へ行かれた。

そして、次に現れた時には、Yさんの白い「ドコモ管理品」が
大きなおまわりさんの手に握られていた。

「よかったーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「誰かが届けてくれてたんだね」
感動する交番の私たち。

広い池袋の地下で、Yさんのもとを離れた携帯は、どこかの誰かに拾われて
「この」交番に届けられていた。
拾ってくれた方は、御礼も何にもいらないと行って、書類だけ書いて去って行ったそうだ。

「もし、何かその方に連絡されるようなことがあったら
 くれぐれも感謝していたとお伝えください」
おまわりさんに頭を下げて、私たちは交番を後にした。

「なんで私、交番に行かなかったんだろ?」
そういってYさんが、落語に行けなくなったことを何度も詫びたが
そもそも私が落語に誘ったからこの流れになったようにも思え、
私こそ悪いことをしたな…と思っていた。
だから、最初に交番に行かなかったことよりも
こうして「落ち」を見届けられたことが何よりよかった。

あきらめないこと、ダメでも次、次、と可能性のあるほうに向かって行くこと
そのことをまさに実行していたんだな、と振り返って思った。

そして、届けてくれた人の存在が有り難かった。
有り難かったこと、嬉しかったことこそ、
自分がその番になったらしよう、当たり前だけど…改めてそう思った。
誰かのためとか、何かのためとか、ということよりも
その番が回って来た「自分」として。

一段落ついて、ランチの後、もう一度大崎に向かった。
落語は終わったが、落語家さんの絵手紙展をやっていたからだ。
会場に行くと、もうそこには落語家さんの姿はなかった。

が、不思議なものです。

振り返ると、通路を山吹色の羽織を来た落語家さんがこちらを向いて歩いているではないですか!
会釈すると、こちらに向かって来てくださった。
お顔を見てご挨拶をして、少しお話もすることができた。

ほー! こんな「落ち」もあったとは!!!!!

ちゃんと覚えていてくださって嬉しかった。
「覚えている」、これが何より喜ばれるマナーかもしれない。

長くなりましたが、いろんなことがあった一日でした。
Yさん、ありがとう! また会いましょうね☆
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久しぶりの結婚式。

天気も尻上がりに良くなる一日で、
これからの二人の日々がそのようになる、そんな予感がしました。
(昨日の暑さは、愛の熱さだったかも☆)

新婦のKさん、すごくすごく幸せなお顔。
招待された皆さんのあったかーな空気の中で…本当に幸せなお顔でした。
いつもベストを尽くす、出来る限りのことをしたい
そういうKさん。守りたいもの、大切な人、ことのためには
全力を尽くす、時を、力を惜しまない
そんな姿が思い出されて、だからこそ、昨日の日が訪れたことが
みんなの心に喜びとなっていたように感じました。

またご主人の…自然なあったかさ。
これからの二人の時間が、熟成されていく、年々美味しくなる(という表現でお許しを)
二人をみていてそんな風に思いました。

夫婦ということ、家族ということ。

二人で幸せになっていくという言葉が、どんなときも支え合っていくという言葉が
前とは違って心に響いてくるのを感じ、これが歳を重ねるということなのかな…
自分の結婚式の時には、本当に表面しかわかっていなかったなあ、青かったなあ
でも、それでよかったんだろうなあ

幸せが笑顔となってこぼれるお二人を見ていたら…
どんなことも振り返ればよい思い出になっているって、そう思えました。

新婚旅行はニューカレドニアだそうです☆
心行くまで楽しんで来てくださいね〜!
どうぞ末永くお幸せに。
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気になりつつもそのままにしていた不養生のつけがまわり
動物はじっとして休むの言葉を思い出し、しばらくじっとしていたが
しかし、このままでは埒があかないと、思い切って病院へ。

お医者様と話しをするというのは、不思議なもの。
うんうん、と聞いてもらうだけで、ずいぶん気持ちが楽になる。
「これは痛かったね」「これは心配だったでしょう」などといわれると
言葉の温泉状態とでもいいましょうか。。。
「あ〜〜〜〜〜わかってくれますか、そうなんです」と、不安という名の肩の荷がおりて
「じゃあ、先生。早く治りたいので、どうしたらいいですか?」という気持ちになる。
かかりつけのお医者様は、そういう意味で、共感と説法(?)のバランスのよい先生で
落ち着いて話しができる。

病院のはしご、ではないが、眼科にも足を伸ばした。
普段は眼鏡をしているが、時にコンタクトが必要な時があり、
目のチェックもしてもらって…と思い向かった。
こちらはちょっと落ち着かない先生だった。
ブレーキとアクセルの加減がわからないというのか、かみあわないというのか。。。
「かけてください」といわれたが、イスが2つある。
「こちらでいいですか?」というと
「ちょっと待って落ち着いて」と言われる。
ふーふー言って何か机の上をかきまわしている先生。
(私は落ち着いていますが、先生がお忙しいのでは?)と思いつつ、自分の目が据わるのを感じる。

診察は丁寧だったので、この先生にはこの先生のペースというか、リズムがあるんだろうと思った。
結果、重度のドライアイと判明。目薬で経過観察となる。
瞬きした瞬間から、先生曰く「さ〜っと涙が乾いていく」のだという。
普段から何か症状を感じてませんか?と聞かれたが、何も感じていない。
「だとしたら、重症かもしれないな…」
この「だとしたら、重症」は、頭に残る。

おそらく、急性ドライアイ(なんてのがあるのかどうかしらないが)だったら
急患で駆け込むだろうが、日々の生活習慣の積み重ねで、「現在に至る」なのだと思う。
それと…普段「目」を意識していないことにも気づかされる。
見えて当たり前、起きたら目が開いて、見えるのが当たり前。
見えることには注意が行くが、「見ている目」の状態には意識が向いていなかったなあ…と思う。

おもえば…札幌でホテルに戻ると毎晩目がしみて涙が出た。
ホテルは結構乾燥している。それとドライアイを考えれば…納得がいく。

久しぶりに「患者」になって、
ベテランと若手の違いや、アクセスハートの重要性や、
外に向かう意識と自分に向ける意識のことなど、いろんなことを考える時間になった。
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札幌でのアクセスハートコミュニケーションセミナーが
無事に終了した。
受講くださった皆さん、お疲れさまでした。

札幌から、アクセスハートは、2つのエネルギーワークを行うようになりました。

そのように進化&深化してわかったことは
直感を活かし、思考し、自分の言葉で表現するということが、スムーズになるということ。
誰かと比較しての自分ではなく、「私」が親和性を保ちながら際立つということ。

てきめんだったのは
「えーっと、えーっと」「うーんだけど」というような“思考中”のつなぎのような
言葉がとても少なくなっていたことだった。

皆さん、自分の考えを臆することなく、端的に伝えることができていた。

受けている間は、夢中になっていて気付かなかったかもしれないが
よくよく思いだし、これまでの自分の話し方や、一緒だった人の普段の話し方と、今回がどうだったかを
検証してみるといいかもしれない。

そうして話した自分を、それぞれに楽しみ、味わい、自分の今と未来に明るさを
見出していらっしゃったように思う。明るさは「明瞭さ」から生じているのかもしれない。
そして、それは表情に、会話に、姿に、現れていた。

アクセスを受けて、自分を好きになる人が増えるのではないかなと思う。

自分に自信を持つ人
誰かとの優劣ではなく、そのままの自分を愛おしく感じる人
自分にも何かできそう、そう思い、ずっとやりたかったこと、夢と思っていたことに、希望を見出す人

そんな人が、増えるように思う。

アクセスハートを経験する人を日本にも世界にも増やしたい。
そこから、明るい空気が広がっていく気がするから!

今月末には大阪で、12月25日クリスマスには、東京で
本セミナーを開催する。

その間にも、受けたい人が集まって(30人程度から~)要請があれば
全国どこででも開催したいと考えている。

ぜひ、「アクセスハートプロジェクト*」までご連絡ください。
bluebean@g-duplex.bias.ne.jp
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飛行機が降下を始めると、真っ白な雲の世界に突入。
それが終わると…
濃緑の森の木々が色づいている。
秋が広がっている。
次に来るのは…冬。それを予感させる色。
山国、雪国で育った目には、懐かしい色づかいの景色。
東京にはない、季節の移ろいを感じる風景。

ここまでで、私はいくつものことを感じている。
見える風景から、かつて感じた感覚を思いだし、感情を味わっている。
色もそう、懐かしさもそう、木々の色合いから体が思い出す空気感、
そして、故郷を離れるまで重ねてきた、この季節のいろいろの思い出。

一年一年生きてきたからこその、思い出。
子どもという時間を、少女という時間を、反抗期という時間を。
そして、故郷を離れてからの秋を一年一年重ねてきた。
それは、そのまま「私を、生きてきた」時間だ。

「生きている、ということは、実感をすることなのよ」

北海道の交流会でタマラさんが話された言葉を反芻しながら
今、書いている。

今日感じたことは、過去の私の得た感覚、感情。
今は?
そう
今は、「私、北海道にいる!」
北海道の皆さんとメールでなく、電話でなく、生で間近で話している
話している! 話せるのも、元気で北海道に来れたから。
タマラと出会ったから、この仕事をしているから。
私は、今そうして「生きている」んだ!

仕事を終えて、ホテルにつくと、チェックインの対応をしてくれたホテルマンが
「お申込み時より、少しですが広いお部屋をご用意しています」
とにっこり。
うわー!ラッキー! これも実感☆

部屋についてドキドキしながら鍵を開け、中に入ると…
うわーひろーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!
ソファーがある!!!
お家みたいなお風呂がある!!!
・・・感動☆☆☆ これまた実感!

今日はいっぱい実感がありました!

朝がきたらアクセスハートです!
今、私も、ものすごくワクワクしています。
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おはようございます。
アクセスハートコミュニケーションセミナーin札幌が明日に迫りました。
今日は札幌のメンバーさん主催で交流会も開催されます。
アクセスには今朝も申し込みをいただき、嬉しい限りです。
会場が広いので、まだお申し込み受け付けています。もし、参加を希望されましたら、reikosato@docomo.ne.jpまでご連絡下さい。
お待ちしています。
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by bluebean | 2011-10-15 08:52