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断片的に ~感じる、考える~

私がタマラと出会った時、(…当時はこの名称もまだなかった)
ただ、加藤憲子さんと「話したくて」通い、加藤さんのヒーリングを「受けたくて」通っていた。

なぜこんなに自分が足しげく通うのか、そういうことは考えなかった。
こうなりたい、こうしたい、「だから」通う、というような建設的な考えもなかった。

感じる → 思う → 考える → 行動

この流れで言うと、
感じるという…自分の中に何らかの発生、反応する「シグナル」のようなものがあって
「話したいなあ」「受けたいなあ」と思ったはずであるが、
その根拠となる「自分は何を感じているのか」を見てはいなかった。

加藤さんの家までの乗り換えとか、スケジュール調整という「段取り」こそ抜かりなくしたが、
加藤さんの時間を頂戴し、自分の時間やおこずかいといった投資もして、
何を自分は得ようとし、どうなりたくて通っているのか、ということは、みじんも考えず行動していた。

そして10年もの歳月が流れた。

今、ロジカルシンキングに取り組むようになって
考えていない自分、考えの足りない自分を痛感している。

そこを痛感し始めたら
これまで「思い」あって「行動」はしていたが、
その「思い」の以前にある「感情、感覚」について、そのシグナルを果たして素直にキャッチしていたのか。
どんな感情も、どんな感覚も、ねじたり、ふせたり、色をぬったりすることなく、
そのままに「ある」と認めた上での「思い」=言語化していたのかと、疑問がわいてきた。

つまり、一言でいうなら

「どこまで自分の感情と向き合ってきた?」「どこまで自分の頭で考えてきた?」

ということだ。