「当たり前」の有り難さ

共働き&核家族の我が家。

小学校1年生の息子は、放課後を学童保育で過ごしています。


今、学童保育は大きな変化のうねりの中にあります。

企業も経営が厳しい時代ですが、自治体もそれは同じで、

これまで自治体が設置し運営してきた「公設公営」の事業を

民間企業に委ねる動きが、あちこちでみられます。

学童保育も同じで、「公設民営」へとシフトしはじめています。

民営されれば、学童保育も世の中の競争原理の中に組み込まれます。

運営団体の「心」をちゃんと把握して、心の伴った運営がなされているかを

子どもを預ける父母は、個々に

また父母会という組織を通じて見つめていく必要があります。

(株主総会みたいですが)


でも、その父母会も運営がなかなか難しくなっています。

運営主体によっては、「父母会は作らないでください」というところもあります。

また、忙しい親たちは、「学童に預かってもらえるだけでいいんです」

という姿勢にならざるを得ないようです。

休日の行事や話し合いは、「そこまでしなくても」という空気が強くなっています。


かつて、学童保育が誕生したとき、それを生み出したのはどんな思いだったの?

どんな思いで学童保育が生まれ、父母会が組織されたの?



なんでも、あるときは「当たり前」です。

なくなったとき、「当たり前」だったことの「有り難さ」に気が付きます。

現実に、学童保育が廃止された地域では、親たちの「学童を再び!」の動きが

生まれています。なくなって(なくなりかけて)初めて「ある」ことの幸せに

気が付く、ということの証明です。


学童保育がなくなった地域もありますが、ゼロになってしまうと

そこから生み出すことは「容易ではない」と、その地域の先生が教えてくれました。

「まだみなさんの区は、学童保育という言葉が生きています。そのことを

 大事にしてください。そして学童保育を守ってください」


私にとっては学童ですが、みなさんにとっての「当たり前」はなんでしょう?

私は一年かけてようやく学童保育の有り難さが少しずつわかってきました。

わかってくると、先生のお便りも有り難いし、連絡帳も愛おしいし、

学童の建物にもありがとう!の気持ちがわいてきます。

息子と一緒に過ごしている子どもたちも可愛くなるし

道で会うとお互い「あ、知ってる」「あ、知ってる」と

ニコニコできるのが嬉しいです。


そう! ニコニコしていられるのが、嬉しいです。

このニコニコが「当たり前にあるもの」のおかげだということを

忘れないようにしたいです。
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by bluebean | 2005-02-08 09:55 | つながり